2014年11月06日

千里眼三田光一 〜超能力者〜

ほとんどの人がおそらく一度は興味を持つであろう超能力・・・「念写」



これは心の中で思い浮かべたイメージをフィルムなどに画像として焼き付けること、



つまり「念じて写す」ことです。先日放送の「ザ!世界仰天ニュース」において



その「念写」で明治時代世間の話題となったある人物



三田光一(1885〜1943)



この人物アポロ計画で人類が月に降り立つ40年以上も前に


月の裏側を「念写」したことで有名なんです。



番組内でも登場した御船千鶴子や長尾郁子とともに


明治末期日本に「千里眼ブーム」を巻き起こした一人です。


宮城県気仙沼に生まれた三田は幼少時から奇妙な言動が多く


「天狗小僧」と呼ばれていました。


奉公に出ましたがすぐに飛び出し、行商人や奇術師として全国を飛び回ります。


そんなころ東京帝国大学(現在の東京大学)の元助教授で、


超心理学者の福来友吉という人物と出会います。


福来は三田の能力に驚き、彼に前代未聞の実験を提案するのです。


それは「月の裏側を念写してほしい」というものでした。


1931年2月その依頼を受けた三田は「遠隔念写」を実行して、成功しました。


しかしこれを念写した当時はもちろん月の裏側がどうなっているのかは


誰もわからないのですから、検証のしようがありませんでした。


しかしそれから50年たった1985年、東京大学名誉教授の後藤以紀博士は、


三田が念写した月の裏側が実際の月と38カ所もの一致点があると発表したのです。


しかし、福来友吉は三田光一をはじめ数々の超能力者の実験を行い


学会で発表を行って世の注目を浴びるのですが、


それらの発表は他の学者たちによる追試に耐えられるものではなく、


結果、激しい非難を受け、1913年(大正2年)『透視と念写』を


出版した後、東京帝国大学を追放(公的には休職)されたのです。


彼が取り上げた人物も「イカサマ」「ペテン師」などの


攻撃(口撃?)を受ける事になってしまい、


1915年、福来は東京帝国大学を退職することになったのです。


従い、福来は実験で数々の成功を収めたものの、


学術的に承認はされなかったのです。


事実上の追放という形で、学者としての幕を閉じたのです。


従い、念写を信じた福来でしたが、福来の学者生命が


絶えたことで、三田光一の持つ「能力」も


学問として取り上げられることはなくなりました。
















posted by TWC at 17:48 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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