2015年06月20日

ああ懐かしの、鼠先輩!現在は?






皆さんは、鼠先輩ってご存じですか?




ふざけた格好をして、ポッポッポッって…歌ってたあの人です




知らないかな〜  『六本木〜ギロッポン〜』て曲




ミュージシャンを目指していたそうなんですが




気付けば芸能界で一発屋芸人となっていた鼠(ねずみ)先輩。




ご自身も「冗談みたいな人生」という数奇な人生.....




ミュージシャンになりたくて、



中学生の頃からずっとバンドをやっていたそうなんですが



高校も2年生の時に辞めて、



グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、インド、ネパール…。



物価の安い所を中心に一応、名目は音楽の勉強だったけど海外を放浪。




本人曰「本当は人生から逃げたかったのかもしれませんね。」



そんな生活を6年くらい続け、25歳の時に日本に帰国、




本格的にミュージシャンを目指し上京!



バンドメンバー募集のチラシを見つけては参加するが、



なかなかうまくいかず、30歳の時に、妻子の為




もうミュージシャンは諦めて「マジメに働こう」と決意!




それが、こともあろうに、アダルトビデオの会社に就職。



この頃、小遣い稼ぎにアイドルみたいな人たちを集めて小さなイベントを



パンチパーマにサングラス、スーツという、格好で。



御自分で作った『六本木〜ギロッポン〜』を歌っていた。



すると、そのイベントを見ていた音楽関係者から





「プロでやってみませんか」ってスカウトされたそうですが



この時ご自身は、嫁も子供もいるし、一発屋で終わるのもわかってたから。断ったそうです、




でも、その人はその後もずっとイベントを見に来てくれて、




2年ほど声をかけ続けてくれたんです。




それで「冗談みたいな俺の人生だし、やってみるのもいいのかな」と思ったのが35歳の時



鼠先輩曰く、当たれば儲けものの、ホームラン狙いの大振りにかけたようなものです




だから、もし売れてもブームがすぐに終わることはわかってました。



今は新宿でバーをやっています。




そうしなきゃ、家族を養っていけませんから。と



それしかできないですよね。一発屋で売れちゃうと潰(つぶ)しが利かないから。




このパンチパーマだって、ビジネスパンチです。



本当はサラサラの髪の毛に憧れてます。



もし仕事で罰ゲームでパンチをやめろということになったら喜んでやりますよ。



バリカンでウィーンって刈られてもいいです。だって、そういうのって楽しいじゃないですか。




そんな遊び心を持ちつつ、




一方で冷静に自分を見つめるのが何かを作る上では大事なのかなって思ってます。



頑張れ!鼠先輩






































posted by TWC at 14:44 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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